高松高等裁判所 昭和59年(ネ)162号 判決 1988年10月31日
主文
一 原判決を次のとおり変更する。
1 控訴人らは、各自、被控訴人に対し、原判決別紙物件目録(三)記載の建物を明け渡せ。
2 被控訴人の控訴人らに対するその余の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを三分し、その一を被控訴人の負担とし、その余を控訴人らの負担とする。
三 この判決の主文一の1は、被控訴人において仮に執行することができる。
事実
第一 申立て
一 控訴人ら
原判決を取り消す。
被控訴人の本訴請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
第二 主張
(請求原因)
次のとおり訂正及び補足するほか、原判決の事実摘示と同じであるからそれを引用する。
1 原判決二枚目表四行目の「及び被告今井の妹」を「の妹であり、かつ控訴人今井の姉である亡ウメ子(昭和四五年六月二六日死亡)」と、六行目の「別紙」を「原判決別紙(以下、別紙という。)」とそれぞれ改め、同枚目裏五行目の「所有権を」の次に「昭和三二年一〇月二二日、」と加え、七行目の「また」から一〇行目の「いう。」までを削除する。
2 原判決三枚目表初行の「3」の次に「(一)」と加え、七行目の次に左のとおり加える。
「(二) 仮に、右(一)の本件登記建物及び本件土地(以下、これらを本件不動産という。)の取得が認められないとしても、(1)被控訴人は、昭和三八年五月七日、控訴人武知から本件不動産を代金三〇万円で買い受け、その所有権を取得した。また(2)被控訴人は、昭和三八年五月七日、本件不動産につき、所有の意思をもって平穏公然と占有を開始し、自己の所有と信じたことに過失がなかったので、昭和四八年五月七日の経過とともに、時効の完成により本件不動産の所有権を取得した。被控訴人は、本訴において右時効を援用する。」
(本案前の主張……控訴人ら)
一 控訴人武知は、後記本案の抗弁一3(一)のとおり、被控訴人を相手として、本件登記建物の明渡しを求める前訴を提起し、同控訴人勝訴の判決が昭和五三年五月三〇日ころ確定した。前訴の最終口頭弁論期日は昭和五三年四月一一日である。
二 前訴の訴訟における争点は、本件登記建物の所有権が、控訴人武知から和田へ、そして和田から被控訴人へと順次移転したか否かということであった。
三 本件訴訟のうち、本件登記建物の明渡しを求める訴えは、前訴のむし返しであり、事実上、二重起訴に該当し、信義則に違反するから、この訴えは不適法として却下されるべきである。
(右本案前の主張に対する答弁……被控訴人)
本案前の主張のうち一の事実は認める。同二の事実及び同三の主張はいずれも争う。
(請求原因に対する答弁)
次のとおり訂正及び補足するほか、原判決の事実摘示と同じであるから、それを引用する。
原判決三枚目裏一〇行目の「ただし」から末行の末尾までを削除し、四枚目表初行の「二3」の次に「(一)」と、同行目の末尾の次に「同二3の(二)の(1)は争う。同二3の(二)の(2)のうち、被控訴人が昭和三八年五月七日から四八年五月七日まで本件登記建物を占有していたことは認めるが、その占有が平穏、善意、無過失のものであることは争う。」とそれぞれ加える。
(抗弁)
次のとおり訂正及び補足するほか、原判決の事実摘示と同じであるからそれを引用する。
1 原判決四枚目裏一〇行目の「五五年」から一一行目の「二〇万」までを「五六年八月一九日残債務の弁済として金三八万三〇一三」と、末行の「一八日」を「二〇日」とそれぞれ改め、五枚目表四行目の次に左のとおり加える。
「(三) 控訴人今井は、控訴人武知が前訴の確定判決の執行力ある正本に基づく強制執行により本件登記建物の占有を被控訴人から回復後に、控訴人武知の同意を得て、本件登記建物に入居し、爾来、控訴人武知と共同して本件登記建物を占有している。このように、控訴人今井の右占有は、控訴人武知の権原に依拠し、それを承継したものであるから、被控訴人の所有権に対抗することができる。」
2 原判決六枚目裏九行目の次に、左のとおり加える。
「5 右1ないし4のいずれの事由からしても、被控訴人が控訴人らに対し、本件登記建物の明渡しを請求することは許されない。
6 仮に、以上の抗弁がすべて認められないとしても、本件不動産の控訴人武知から和田への所有権移転は譲渡担保のためであるから、債権者和田は適正な時価で本件不動産を換価して控訴人武知の被担保債務を清算すべき義務があり、和田が右義務を履行しない限り、控訴人らに対し本件不動産の引渡しを求めることができない。そして、和田は右清算を行わないまま、その事情を知っている被控訴人に本件不動産を昭和五四年八月二九日譲渡した。
そうすると、信義則に照らして、被控訴人の控訴人らに対する本件登記建物の明渡請求と和田の控訴人武知に対する前記清算義務の履行とが同時履行の関係にあるというべきである。そこで、控訴人らは、右清算が行われるまで本件登記建物の明渡しを拒絶する。」
(抗弁に対する答弁)
原判決八枚目表六行目の末尾の次に「同一3(三)については、控訴人今井の占有が控訴人武知の権原に依拠していることの事実関係は認めるが、被控訴人の所有権に対抗できるとの主張は争う。」と、七行目の「同4」の次に「及び6」とそれぞれ加えるほか、原判決の事実摘示と同じであるからそれを引用する。
(再抗弁及び再抗弁に対する答弁)
原判決の事実摘示と同じであるからそれを引用する。
第三 証拠(省略)
理由
第一 本案前の主張に対する判断
一 前訴において、控訴人武知は、本件登記建物が同人の所有であるとして、その所有権に基づき、被控訴人に対しては右建物の明渡しを、和田に対しては同建物につきなされている和田の所有権取得登記の抹消登記手続を行うことをそれぞれ請求したこと、その訴訟で、和田は抗弁として、本件登記建物を本件土地とともに、和田に対する控訴人武知の本件債務の担保として、同控訴人から取得したと主張し、被控訴人は抗弁として、本件登記建物は本件土地とともに控訴人武知から和田へ譲渡された後、和田から被控訴人へ昭和三八年五月七日ころ売買により譲渡されたと主張したこと、一審裁判所は昭和五三年四月一一日に口頭弁論を終結し、同年五月一六日に、控訴人武知と被控訴人との関係では、控訴人武知勝訴の判決を、控訴人武知と和田との関係では同控訴人敗訴の判決を言渡したこと、右判決の控訴人武知勝訴部分はそのまま同年五月三〇日ころ確定し(以下、これを前訴の確定判決という。)、同人の敗訴部分については、同人から上訴したが結局同人の敗訴で確定したことは当事者間に争いがない。
二 成立に争いがない甲二号証、乙一号証、二号証の一、二、乙三号証の一、乙四ないし六号証を総合すると、前訴における各本人尋問の結果中で、控訴人武知は、和田から金員を借受けたものの、それを担保するため、本件不動産を和田へ譲渡することを合意した事実はなく、右物件になされている和田の所有権取得登記は控訴人武知の名義を冒用して作成された文書を使用して経由されたものである旨を供述し、和田は、本件譲渡担保設定契約は、和田の使者又は代理人であるウメ子と控訴人武知の使者又は代理人である控訴人今井との間に締結されたものであり、本件貸金五二万円のうち三〇万円ないし三五万円が返済されただけで、残債務があり、それが完済されない限り本件不動産は和田の所有であって、債務が完済されたときは控訴人武知へ返還されるものであり、右物件を和田から被控訴人へ譲渡したことを否定する旨の供述をし、被控訴人は、本件不動産を昭和三八年五月七日ころ被控訴人が和田から譲り受けた旨を供述したことが認められる。
そして、前訴の訴訟において、昭和三八年五月七日までに本件貸借の本件債務が消滅して本件不動産が控訴人武知の所有となったこと、ないし右事実を前提として控訴人武知から被控訴人へ本件不動産が譲渡されたこと又は被控訴人が時効により本件登記建物を取得したことが、事実上争点となったり、それらの点について証拠調べが行われたことは証拠上認められない。
三 以上の事実関係に徴すると、後訴である本件訴訟の主位的請求原因である昭和五四年八月二九日の本件贈与契約は、前訴の確定判決の既判力の基準時(昭和五三年四月一一日)より後の法律行為であって、これを右基準時以前に随意締結できたことを肯認できる証拠はないから、この主位的請求原因が前訴のむし返しであるとは認められず、その他、右請求原因を主張することが訴訟上の信義則に違反すると認めるに足る証拠はない。
次に、本訴における予備的請求原因(昭和三八年五月七日の控訴人武知と被控訴人との売買契約又は同日の時効取得)は、いずれも前訴の確定判決の基準時以前の法律行為等であって、それらは前訴で被控訴人が抗弁として主張することは可能であったものである。しかし、右の請求と前訴で被控訴人が主張した抗弁が実質的に近似した法律関係にあるとは認められないし、また右請求の事実関係が前訴において事実上主張されて争点とされ審理の対象とされていたとも認められないから、本訴における予備的請求原因の主張が、前訴のむし返しであり、訴訟上の信義則に違反するということはできない。
したがって、本訴における主位的請求原因及び予備的請求原因の主張は、いずれも訴訟法上適法であるというべきである。
第二 本案に対する判断
(本件登記建物の明渡し請求関係)
一 請求原因一の事実、同二の1、2の事実及び控訴人らが本件登記建物を占有していることは当事者間に争いがない。
二 主位的請求原因関係
1 請求原因二の3の(一)の事実は当事者間に争いがない。
2 そこで、まず抗弁2及び再抗弁一の1につき検討する。
(一) 一般に、不動産を目的とする譲渡担保契約において、債務者が債務の履行を遅滞したときは、債権者は目的不動産を処分する権能を取得し、その権能に基づいて当該不動産を適正に評価した価額で自己の所有に最終的に帰属させること又は相当の価額で第三者に売却等をすることによりこれを換価処分し、その評価額又は売却代金等をもって自己の債権の弁済に充当することができ、この場合には換価処分した右不動産の価額から自己の債権を控除してなお残余金があるときは、これを債務者に支払うことの清算を行うべき責務があり、他方債務者は、債務の弁済期到来後でも、債権者による換価処分が完結するまでに債務を弁済して目的不動産を取り戻すことができるのであり(最高裁判所第一小法廷昭和四六年三月二五日判決・民集二五巻二号二〇八頁及び同裁判所第二小法廷昭和五七年一月二二日判決・民集三六巻一号九二頁参照)、そして、右清算がなされていない場合であっても、債権者が譲渡担保により目的不動産を取得したとして、その所有権を第三者に譲渡して所有権移転登記が経由されたときは、右不動産の所有権が譲渡担保権者を経て第三者に移転し、爾後は、第三者が債務者に対し、その所有権移転が譲渡担保のためでないことを対抗できることに伴ない、債務者は清算が行われてなくても、もはや債務を弁済して目的不動産を取戻すことはできないが、その第三者が物件取得時に、いわゆる背信的悪意者であるときは、債務者は清算が行われない限り、なお、債務を弁済して債権者から目的不動産を取戻すことができ、この場合には、債務者はその取戻した所有権をもって、登記なくして背信的悪意の取得者である第三者に対抗できると解するのが相当である。
(二) これを本件に即して検討する。
(1) 当審における被控訴人の本人尋問の結果中、被控訴人・控訴人武知及び和田の三者の合意により、昭和三八年五月七日ころまでに、被控訴人が和田に対して、本件債務の弁済に代えて被控訴人所有の山林を譲渡したことをもって、本件債務は消滅した旨供述しているところは、前掲乙二号証の一、二及び原審(第一回)・当審における控訴人武知一男の各本人尋問の結果と比較して措信できず、他に本件債務が昭和三八年五月七日までに消滅したことを認めるに足る証拠はない。
(2) 前掲乙一号証、二号証の一、二、乙五号証、成立に争いがない乙八号証、原審における控訴人武知一男(第一回)及び同今井ハナ子の各本人尋問の結果を総合すると、本件貸借には利息の定めがなく、和田と控訴人武知は、昭和三二年三月二一日までに、本件貸金元本五二万円を同日から毎月二一日限り五〇〇〇円ずつ分割して弁済することを約束し、それにもとづき控訴人武知は和田に対し、昭和三二年三月二一日から三八年四月二一日まで一か月につき五〇〇〇円ずつ合計三七万円を支払ったが、その後は、被控訴人が川内町から母・妻子らをつれて本件登記建物に入居し控訴人らが不本意ながら本件不動産から退去するなどしたため、昭和五六年八月一九日まで本件債務の履行を遅滞したことが認められる。前掲乙二号証の二、原審証人和田経雄の証言及び当審における控訴人武知一男、同今井ハナ子の各本人尋問の結果中、右認定と牴触する部分は措信し難く、他にこの認定を動かすべき的確な証拠はない。
そして、成立に争いがない乙一三号証及び原審証人和田経雄の証言ならびに弁論の全趣旨によると、本件債務のうち、昭和三八年五月二一日期限の五〇〇〇円分以後の支払については、和田からも、また本件貸借を仲介したウメ子(但し、死亡した昭和四五年六月二六日まで)からも、少なくとも前訴の提起ころまでは、その支払を催促したことはなかったことが認められる。
(3) 本件贈与契約が締結された昭和五四年八月二九日現在における本件債務の残額は、別紙計算書1ないし3のとおり合計金二六万二九六五円である。
そして、当審における控訴人今井ハナ子の本人尋問の結果によると、昭和五四年から五六年までの間における本件不動産の時価は九九〇万円を下らなかった(本件土地の三・三平方メートルあたりの時価は約三〇万円であった)ことが認められ、右期間におけるその適正評価額が九九〇万円を下回わるものであったことを認めるべき証拠はない。
(4) 官署作成部分については成立に争いがなく、その余の部分については、原審証人和田経雄の証言により真正に成立したものと認められる甲三号証、右証人の証言及び原審における被控訴人の本人尋問の結果によると、和田は本件贈与契約の締結に先立ち、被控訴人と相談したうえ、控訴人武知にあて、昭和五四年五月一〇日、本件不動産の所有権を和田に確定的に帰属させて、本件債務を清算する旨の意思表示を行うと記載した内容証明郵便を発送したことが認められるけれども、右郵便物が控訴人に送達されたことを肯認できる証拠はなく、却って、原審における控訴人武知一男(第一回)及び同今井ハナ子の各本人尋問の結果によると、そのころ控訴人らは夜分遅くまで住居を不在にすることが多かったため、右郵便は配達されないまま返送されたことが窺われる。
他に本件債務につき清算が行われたことの主張及び証拠はない。
(5) 原審における証人和田経雄の証言及び被控訴人の本人尋問の結果によると、被控訴人は昭和三八年五月七日ころ本件登記建物にその家族と入居するまで、川内町で農業に従事していたところ、右転居にあたり、その所有する不動産(居宅と敷地のほか、田約五反、畑約四反、山林約四町)のうち、山林の一部を残し、山林四反余を和田へ譲渡したほか、爾余の不動産全部を売却したこと、そして被控訴人は本件登記建物に入居後は、松山市久米の酒造業者に雇われたり、会社勤務をしていることが認められる。
そして、和田が被控訴人と本件贈与契約を締結した昭和五四年八月二九日当時、本件不動産の適正時価九九〇万円から本件債務の残額二六万二九六五円を控除した清算金九六三万七〇三五円を支払う資力があったことを認めるべき証拠はない。
(6) 控訴人武知が本件債務の弁済のため、昭和五六年八月二〇日、金三八万三〇一三円を供託したことは当事者間に争いがない。
そして、右弁済供託の時点における本件債務の残額合計は金二八万六八六九円を超えないことが別紙計算書4のとおり明らかである。
(7) 以上の事実及び説示に、本件贈与契約は時価九九〇万円を下らない物件が無償譲渡されたものであることをも合わせ考えると、この贈与契約の締結は、専ら被控訴人が、控訴人武知において早晩債務を弁済して本件不動産を取戻すことを予測してこれを封ずるとともに、控訴人武知において、和田から物件処分に伴う清算金九六〇万円余を取得することを事実上不可能とすることを意図して行ったものと認めることができる。
そして、以上の事実関係の下においては、被控訴人は、いわゆる背信的悪意者に該当し、したがって、被控訴人は、本件債務を弁済して本件不動産を取戻した控訴人武知の所有権との関係では、その登記の欠缺を主張することは信義則に照らし許されないというべきである。
(三) 控訴人今井が本件登記建物を占有するに至った経緯についての事実関係は当事者間に争いがなく、この事実によると、同控訴人の右占有は控訴人武知の右建物に対する権原に依拠することが明らかである。
そして、控訴人今井の右占有は、控訴人武知の本件不動産の取戻が被控訴人に対して対抗できることにより、被控訴人の所有権に対して対抗できるというべきである。
(四) 以上の説示によると、控訴人らの抗弁はその余の抗弁及び再抗弁について判断するまでもなく理由があるから、主位的請求原因にもとづく本訴請求はいずれも失当として棄却すべきである。
三 予備的請求原因について
1 被控訴人から和田へ被控訴人所有の山林四反余が譲渡されたことがあっても、昭和三八年五月七日までに本件債務が消滅して、本件不動産が控訴人武知に返還されたとは認められないことは、主位的請求原因に対する判断で説示したとおりである。
したがって、右日時までに本件登記建物が控訴人武知に受け戻されていたことを前提として、その日時に、控訴人武知との売買により被控訴人が右建物の所有権を取得したとの予備的請求原因は、その前提を欠き理由がない。
2(一) 被控訴人が昭和三八年五月七日から四八年五月七日まで本件登記建物を占有していたことは当事者間に争いがなく、前掲乙三号証の一、乙四、五号証、原審における被控訴人及び控訴人武知一男(第一回)の各本人尋問の結果によると、被控訴人の右占有は自主占有であることが認められる。
(二) 昭和三八年五月七日当時、本件不動産が和田の所有であり、登記上もその旨表示されていたことは既に説示したとおりであり、右日時に被控訴人が和田から本件不動産を譲受けたといえないことは前訴の確定判決の既判力に照らし明らかである。そして、被控訴人が右日時までにその所有する山林四反余りを和田へ譲渡することを承諾したことに伴ない、本件不動産を和田から譲渡されると信じたとしても、当時、被控訴人が和田と直接交渉して、その譲渡意思を確認することに支障があった形跡がないことに徴して、被控訴人がそのように信じたことに過失があるというべきである。さらに、被控訴人が昭和三八年五月七日、控訴人武知に売買代金の名目で三〇万円を交付したことがあり、またその金員交付により、本件不動産を同控訴人から買い受けたと信じたとしても、被控訴人において、右物件がそれまでに控訴人武知へ返還されているか否かを確認しなかった点に過失があるというべきである。
他に、被控訴人が右占有を開始するにあたり、その物件が自己の所有と信じたことの主張及び証拠はないから、時効により本件登記建物の所有権を取得したことを前提とする予備的請求原因は理由がない。
(三) 以上の説示によると、予備的請求原因はいずれも認められないから、その請求原因に基づく本訴請求はいずれも理由がない。
四 以上の次第であるから、本件登記建物の明渡しを求める本訴請求はすべて理由がないから、失当として棄却すべきである。
(本件未登記建物の明渡し請求関係)
請求原因三の事実及び控訴人らが本件未登記建物を占有していることは当事者間に争いがない。
そして、証拠上、抗弁二の事実をいずれも認めるに足りず、他に、控訴人らが被控訴人に対し本件未登記建物を占有できる権原を有することの主張及び証拠はない。
そうすると、控訴人らは、各自、被控訴人に対し、本件未登記建物を明け渡すべき義務がある。
第三 結論
以上の認定及び判断によると、本訴請求のうち、本件未登記建物の明渡しを求める請求は、いずれも理由があるからこれを認容すべきであるが、その余の請求はいずれも理由がないからこれを棄却すべきである。
よって、原判決は一部失当であるから、これを変更し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条前段、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(別紙)
計算書
1 昭和38年4月21日の5,000円支払い後における残元本520,000-370,000=150,000
2 上記残元本に対する昭和38年5月22日から54年8月29日までの年5分の割合による遅延損害金
(1) 5,000円に対する昭和48年5月22日から54年8月29日までの年5分の割合による遅延損害金
<省略>
(2) 5,000円に対する昭和40年10月22日(最終支払期日の翌日)から54年8月29日までの年5分の割合による遅延損害金
<省略>
(3)
<省略>
3 昭和54年8月29日現在の本件貸金債務残額合計
150,000+112,965=262,965
4 昭和56年8月20日現在における本件貸金債務残額合計
(1) 残元本15万円に対する昭和38年5月22日から56年8月20日までの年5分の割合による遅延損害金
<省略>
(2) 残元本 15万円